今月の主要メディア掲載として、DEVARのFounder & CEOであるAnna BelovaがEntrepreneurに寄稿しました。テーマは、起業家の日常で見落とされがちなボトルネックである「日々の意思決定過多」です。
多くのAI議論は「もっと速く書ける」「もっと生成できる」「計算が一瞬」といった“スピード”の話に寄りがちです。ですが実際の創業者の生活で詰まるのは速度ではなく、頭の中に常に流れ込む意思決定の連続です。
「思考の数」ではなく「認知状態」で捉える
「1日に何万回も思考する」という表現は派手ですが、会社運営にはあまり役に立ちません。認知科学では、思考を数えるよりも、注意が一定時間とどまる“認知状態(cognitive states)”という単位で見るほうが有用です。TsengとPoppenk(2020)の研究は、1日に約6,000〜8,000の認知状態がある可能性を示します。
ビジネス上の重要点は「どれだけ考えたか」ではなく、「どの状態にどれだけ滞在し、どれだけ頻繁に状態遷移しているか」です。
創業者の1日は3層でできている
創業者の1日は、大きく3つの層に分かれます。
- 層1: アンカーテーマ(1日5〜15件)
資金、チーム、プロダクト、市場、長期視点など。感情のトーンを決め、その後の判断に色を付けます。 - 層2: 意識的な問題とアイデア(1日20〜80件)
仕事のタスク、日常の判断、計画、迷い、頭の中の対話。 - 層3: マイクロアイデアと派生(1日100〜300件)
その8〜9割は繰り返しで、新しい意味を増やしません。忙しさの感覚を増幅する一方で、実質的な前進につながりにくい。
疲れの正体は戦略でもタスクリストでもなく、アンカーテーマに使うべき注意を押し出してしまう「繰り返しノイズ」の層です。
これまでのテクノロジーは「決めた後」を助けてきた
従来の道具は、人間が意思決定した“後”で効率化するものでした。電卓は計算を速くしますが「何を計算すべきか」は決めません。スプレッドシートは処理を助けますが「問い」自体は作りません。
重い部分、つまり「問題の枠組みを作る」「何に注意を向けるかを選ぶ」「分岐でどちらへ行くかを決める」は、ずっと頭の中に残っていました。
多くのAIプロダクトも同じ構造です。メールを送ると決めた後に文章を生成し、会議が重要だと決めた後に要約する。それは有益ですが、創業者の負荷の核心である「タスクになる前の意思決定の群れ」には触れにくい。
AIは「代わり」ではなく「隣」で働くパートナー
重要な意思決定(市場選択、倫理線、戦略の意味づけ)をAIに委ねるのは行き止まりです。そこは人間が担うべき領域です。
一方で、最も面白い領域は日々の小さな選択です。「どう返信するか」「どの案を出すか」「何を先にするか」「マーケが何かズレている気がするが、どこだ?」のような曖昧で反復的な判断。
AIはここで、考える代わりではなく、意思決定の摩擦を減らす形で役立ちます。たとえば、弱い選択肢を事前に落として2〜3案に絞る、ノイズを一次フィルタリングして注意に届く信号を減らす、直感的な不安を「仮説と不足データ」に分解して問いにする、などです。
ツール集合から「システム層」へ
創業者の制約がタイピング速度ではなく「日々の意思決定アーキテクチャ」だとすると、問いは「どのAIツールを足すか」から「AIがタスクの“下”で、タスクになる前の負荷に働く層になったら?」へ変わります。
この層は、注意に届く前にノイズを落とし、意思決定が机に乗る前に形を整え、会議間で文脈を保持し、不要な「たぶん」を減らします。
価値は「魔法のボタン」ではなく、数週間単位で“静かに効く”形で現れる。突発が減り、繰り返し思考が減り、微小な意思決定で1日が砕ける感覚が薄れ、戦略・創造・人との会話に空間が戻る。
いま考えるべき理由
AIを「1時間節約する道具」として扱うのは簡単です。でもAIが意思決定プロセスに近づくほど、起業家であることの意味そのものが変わります。
プロンプトの話だけではなく、「自分の意思決定プロセスの中に、どこまでシステム層を入れるか」という設計の話になります。責任を手放すのではなく、最も希少で高価な資源である“自分の思考”を、手放していい分岐から解放するために。

